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昭和九年四月十六日
大松寺(現・簾舞大松寺本院)の境内に手負いの羆(ひぐま)が現れ、
薪切りをしていた男性ともみあいになり、
男性は瀕死の重傷を負い、
後に左手切断の手術を受けました。

羆は境内の物置に逃げ込んだところを
銃で射たれ、絶命しました。

以来、大松寺では羆の供養をしており、
その後、誰言うことなく、
大松寺は「羆寺(くまでら)」と呼ばれるようになりました。
現在でも歴史図書、雑誌等で、遠き日の悲劇が伝えられています。

 


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